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新潟地方裁判所 昭和41年(ヨ)106号 決定 1966年8月26日

債権者 島峰文義 外二四名

債務者 株式会社津上製作所

主文

債権者山田明美を除くその余の債権者らが債務者に対し雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。

債権者山田明美の申請を却下する。

申請費用中債権者山田明美と債務者との間に生じた分は同債権者の負担とし、その余の債権者らと債務者との間に生じた分は債務者の負担とする。

(注、無保証)

理由

一  当事者双方の申立

債権者ら代理人は、「債権者らが債務者に対し雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。」との裁判を求め、債務者代理人は申請却下の裁判を求めた。

二  当裁判所の判断

1  (当事者間に争いない事実―本件の概要)

債務者が精密機械工具の製作、販売、仲介その他これに付帯する事業を行うことを目的とする株式会社で、信州、茨城、長岡の三工場を有しており、債権者らがいずれも債務者に雇傭され、長岡工場に勤務し、同工場勤務の従業員により組織されている新産別全国機械金属労働組合津上長岡支部(以下組合という。)に所属していたこと、債務者が昭和四〇年一一月二二日経営の合理化、企業の体質改善を理由として、債権者らを含む長岡工場従業員五一名に対し、別紙一のような条件で、六カ月間の帰休を命じたが、帰休期間の満了する昭和四一年五月二二日帰休者全員に対し右と同様の理由により解雇の意思表示(以下第一次通告という。)をなしたこと、その後同月二七日債務者が第一次通告を撤回し、別紙二のような条件で帰休者全員に対し、整理通告をなしたこと(以下第二次通告という。)、第二次通告に対し、別紙当事者目録記載の6、7、9、10、12、13、14、16ないし20、22ないし25の債権者らは所定期限までに退職届を提出したが、その余の債権者らはこれを提出しなかつたこと、退職届を提出した債権者らが同年六月二五日債務者に対しこれを撤回する旨の意思表示をなしたことはいずれも当事者間に争いがない。

2  (当事者双方の主張要約)

債権者らは「(1)帰休にあたり債務者は債権者らに対し帰休期間満了後復職させることを確約したのであるから、第一次、第二次通告とも右約定に反する。(2)債務者の経営状態から見て人員整理をしなければならないような事情はない。(3)退職届は債務者側の執拗な圧力の下に提出されたもので、任意になされた承諾の意思表示ではない。(4)債権者らは組合役員、組合活動家、各種文化サークル役員、共産主義同調者と見られる者、上司から個人的に嫌われている者などで、今回の帰休とそれに続く整理は債務者にとつて好ましくない人物の追放を目的とするものである。よつて第二次通告は信義則違反、権利の濫用又は不当労働行為として無効であり、債権者らと債務者間の雇傭関係は存続する。」旨主張し、債務者は右主張を否認し、「第二次通告は企業経営上やむを得ない事由に基くものであるから有効である。」旨主張した。

3  (帰休から第二次通告に至るまでの経緯)

当事者間に争いない事実及び疎明によれば、次の事実が一応認められる。昭和三八年末からの政府の景気調整策の影響で、工作機械業者である債務者の計上利益も漸減の傾向にあり、株式配当も昭和三九年以来、四期にわたり無配状態であつた。債務者は右のような経営状態を打開するため、その内部的原因と見られる過剰人員を整理することによつて、不要経費を節約し、残存従業員の能率向上により生産実績を維持すると共に(債務者主張の「少数精鋭主義」)、一方間接工を減員して直接工に対する比率を引下げて原価低減をはかる(債務者主張の「直間比率の是正」)必要があるものと判断し、その前段階として、各工場の一部従業員に対し六カ月間の帰休を命ずることとした。そして、長岡工場では、昭和四〇年一〇月三一日以来組合との数次にわたる団体交渉の結果、組合も別紙一のような条件で帰休を実施することを承認したので、債務者は、勤務成績、能力、経験、年令等を一応の基準として債権者らを含む五一名に対し帰休を命じた。しかし、帰休実施後債務者は帰休者を復職させては結局所期の目的は達せられないものと判断し、昭和四一年四月一一日津上労組連合会(債務者の本社、三工場の労働組合の連合体、以下連合会という。)に対し、帰休者全員の解雇を提案し、その後連合会と団体交渉を行つたが妥結に至らず、その反対を押切つて帰休者全員に対し、同年五月二二日をもつて解雇する旨の第一次通告を行つた。これに対し、組合は時限ストをもつて対抗したが、その後行われた団体交渉において、債務者から示された別紙二のような提案について、大会にはかつた結果、八二七票対四五五票で右提案は承認された。かくて、債務者は債権者らを含む帰休者全員に対し、別紙二のような第二次通告を発した。なお、現段階においては、債権者主張のように第一次、第二次通告が経営合理化に便乗した好ましくない人物の追放を目的としたものであることを認めるに足る疎明はない。

4  (第二次通告の効力)

一般に経営不振を理由とする人員整理は、事業継続上使用者としてやむを得ない措置として認められる場合があるとしても、それは、労働者の帰責事由のみに基く解雇とは異り、不景気、関連業種の不振等の経済情勢や過大な設備投資、過剰人員の採用等の使用者側の事情のように、労働者として手の施しようがないことを主たる事由とするものであるから、その適否の判断に当つては、経営面の重視もさることながら、いたずらにこの点のみを強調し、その犠牲ともいうべき労働者についての配慮を怠つてはならない。

本件帰休に関しては別紙一のとおり、帰休者の帰休満了時における取扱いについてはなんら明示の取決めがなされていない。このような場合、債務者の経営能力が許す限り帰休期間満了と同時に帰休状態は解消し、債務者は帰休者に対し所定賃金を支払うなど帰休以前と同一の労働条件で雇傭関係を継続すべき義務があるものと解するのが相当である。蓋し、債務者の立場としては、業績好転が望めない以上、帰休の趣旨に照らして、帰休者を当然復職させるということは考えられないところであるといい得るとしても、一方、帰休者としては、帰休がいかなる理由によるにせよ、解雇、再帰休など帰休後の復職が拒絶されるような事由につきなんら予告されない以上、帰休前と同一の労働条件で復職し、雇傭関係が継続するものと期待するのは、極めて自然なことであるからである。加えて、本件においては、疎明によれば、帰休者に対し、帰休を通告した所属部課長が、帰休後確実に復職できる旨を伝えていることが一応認められ(それなればこそ、疎明によつて一応認められるように、帰休者が帰休期間中に転職することが認められていたにもかかわらず、アルバイト的労務に従事した者を除いては、退職して他へ転職した者が一人もいなかつたのである。)、このような会社側関係者の言動がある以上、債務者に対し、その経営能力の限度において、帰休者に対する復帰義務の履行が信義則上特に強く要求されるものといわなければならない。

ところで、疎明によれば、帰休期間中長岡工場において約三〇名の退職者があつたこと、帰休満了時において、多少なりとも債務者の業績に好転のきざしが見え、残業によるとはいえ受注量を増加しており、また、業績反映に敏感な株価も上昇途上にあつたことが一応認められるのである。更に本件帰休は経営内容の改善をねらいとするもので、経営の行詰りによる事業縮少とか、倒産防止のためやむなくとられた手段ではなく、少くとも、債務者の経営規模をもつてすれば、帰休者との雇傭を続けることにより経営が成り立たなくなるということはもとより、帰休者全員を解雇しなければ、債務者主張の少数精鋭主義、直間比率の是正の達成が(早急な理想的実現は困難であるとしても)全く不可能であるという事情は認められない。このような事実関係と前記のような本件帰休の性格を併せ考えると、帰休満了時に債務者が整理対象者を帰休者に限定し、第一次通告により一挙にその全員に対し解雇という態度でのぞんだことは、経営改善を目指すことのみに急であつて、復帰に対する期待を裏切る等帰休者側の立場を無視した権利の濫用行為といわざるを得ない。この第一次通告は撤回されたが、第二次通告も帰休者のみを対象とするもので、帰休者は昭和四一年五月末日限りで、解雇又は退職という法的形式の差はあれ、当初の期待に反し、債務者との雇傭関係を断絶せざるを得ない立場におかれていたものということができる。すなわち、帰休者は、若干の時期的ずれと法的形式の差を除いては、結果的に第一次解雇が実施されたと同じ状態におかれていたのであるから、第二次通告も第一次通告と同様、権利の濫用行為というべきである。しかして、第二次通告は債務者から帰休者に対する承諾期限を昭和四一年五月末日とする雇傭契約の合意解約申込とその承諾のないことを停止条件とする解雇の意思表示であると解せられるから、結局、右の解約申込及び停止条件付解雇の意思表示はいずれも無効である。尤も、第二次通告による整理は、組合大会においても承認されているが、右の一事によつて、帰休者個人に対して発せられる第二次通告が有効なものとなるわけではない。

従つて、まず、退職届を提出しなかつた債権者ら九名については、なお、雇傭関係が存続しているものといわなければならない。次に、無効な合意解約申込を受けた労働者が、その無効であることを知りながら、自らも退職することを決意し、後日係争する意思を放棄して任意にこれを承諾したものと認められるような場合には、これによつて雇傭関係は終了するものと解するのが相当である。しかし、本件においては、退職届を提出した債権者ら一六名は、一見承諾の意思表示をしたものの如くであるが、疎明によれば大部分の第二次通告書は所属上司により帰休者の自宅に持参されたもので、退職届は右自宅訪問や、債務者に勤務する親族を通じての勧告等債務者側の直接又は間接の働きかけの末、提出されたもの(なかに、親族が帰休者本人に無断で提出したものもある。)であることが一応認められ、その後、債権者らは前記のとおり、六月二五日にはこれを撤回しており、しかも、山田明美を除いては、退職手当等第二次通告に示された諸手当を受領していないのであるから、かかる事実関係の下では、山田明美を除く債権者らについては、未だ承諾の意思表示があつたものと認めることができず、なお、雇傭関係は存続しているものというべきである。蓋し、本件のような人員整理に際し、特別の諸手当が支給されるのが通常であり、整理対象者は熟考の末、右の諸手当を受領することによつて、次の就職の機会を得るまでの間の生活の資とすることを考えて最終的に退職を決意するものと考えられるから、前記のような形での使用者側の働きかけにより、一旦退職届を提出しても、相当期間内に、これを撤回し退職手当を受領することなく係争の意思を表明した場合にあつては、全体として観察すれば、結局、承諾の意思表示はなされなかつたものと認めるのが相当だからである。しかし、債権者山田明美については、所定の退職手当等を受領しているから、退職届撤回の事実があつたとしても、既に承諾の意思表示がなされたものと認めるべきであつて、雇傭関係は終了したものといわなければならない。

5  (保全の必要性)

以上のとおり、山田明美を除くその余の債権者らの被保全権利につき疎明があつた以上、債務者からの賃金を唯一の収入源とする労働者である債権者らは、これを絶たれることにより、回復困難な著しい損害を蒙ることは明らかであるから、反対の事情の認められない本件においては、保全の必要性についても疎明があつたものといわなければならない。尤も、債務者は債権者らが失業保険金の給付を受けていることを理由として、保全の必要がない旨主張するが、債権者らは本件仮処分により地位が保全され、賃金の支給を受けるようになれば、その後の失業保険金は受領することはできず、既に受領した分は返還する関係になるのであるから、債務者の主張は採用できない。

6  (結論)以上の次第であるから、債権者山田明美の申請は理由がないから却下し、その余の債権者らの申請は理由があるから認容し、申請費用につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 松野嘉貞)

(別紙一)

(1) 帰休人員五一名

(2) 帰休期間昭和四〇年一一月二二日から六カ月

(3) 退職手当の計算には帰休期間の半分を勤続年数に加算する。

(4) 帰休期間中の休業手当は帰休前の基準内賃金の七〇パーセントとする。

(別紙二)

(1) 帰休者は帰休期間満了(昭和四一年五月二一日)後は引続き昭和四一年五月三一日まで会社に在籍する。但し、自宅に待機し、出社しない。

(2) 帰休期間満了後、昭和四一年五月三一日までの間の賃金については、基準内賃金一〇〇パーセントを日割計算により支給する。

(3) 会社は帰休者を対象にして、帰休期間満了後、昭和四一年五月三一日までの間に退職希望者を募る。

(4) 希望退職を申出ない帰休者は、昭和四一年六月一日付をもつて指名解雇とする。

(5) 希望退職者に対する退職手当及び解雇手当(解雇予告手当を含む)は、会社の都合による解雇の場合と同じ取扱とする。

(6) 退職手当の計算は会社と各単組との間に締結された労働協約の約定による。

(7) 解雇手当は、各協定の定める解雇手当の外に、一律に一人金五、〇〇〇円を支給する。

(8) 退職手当及び解雇手当並びに社内預金残額については、退職又は解雇の日から一カ月以内に支払うものとする。

(9) 帰休者に対しては業績褒賞金を支給せず、かつ定期昇給を行わない。

(10) 将来、欠員補充と増員のため従業員を採用する場合は優先的に考慮する。但し、職種、技能、雇傭条件を勘案する。

(11) 被解雇者の就職あつ旋については、会社は努力する。

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